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第20陣連合救援ボランティアに参加して
2011.10.08 更新

 東日本大震災連合救援ボランティアに、JP労組信越地方本部から第20陣派遣団(2011.8.21〜8.27)として岩手県大東ベースキャンプへ、長野支部 外谷義定・中信支部 阿部 芳彰・地本 三村 寿宏の3名が参加しました。

「第20陣連合救援ボランティアに参加して」

JP労組信越地本 長野支部 外谷 義定

第20陣参加者
■第20陣参加者
 希望して参加した救援ボランティア。職場の皆さんには、「長期休暇取得で申し訳ないな」と思いながらも、「現地で何ができるのだろう」との思いが強かったことも事実です。
 しかし、現地に行ってみて、現地の連合スタッフや朝3時から食事を作ってくれていたベースキャンプ近隣にお住まいの人たち、被災地のボランティアセンターの方、手作りクッキーを差し入れする方など、私たちを支えてくれた多くのボランティアの方がいることにあらためて気づかされました。そしてその人たちがいることでこの活動ができていることを痛感しました。
 被災現場は、言葉を失う光景ばかりでした。でもこのボランティアに参加して初めて会った人みんなが、何故か前から知っているかのような気持ちにさせてくれたのも、「心ひとつに」との、共通の思いがあるからなのだとしみじみ感じています。




「ボランティアに参加して」

JP労組信越地本 中信支部 阿部 芳彰

津波で陸に打ち上げられた中型漁船(大船渡)
■津波で陸に打ち上げられた中型漁船(大船渡)
 あの震災から数カ月、私の頭から震災の事が忘れつつある中、第20陣として5日間、ボランティアに参加させてもらいました。
 現地では、小学校の廃校を拠点に、作業現場の大船渡市までバスの移動と、作業時間を含め毎日8〜9時間、作業内容は、側溝の清掃や川底の清掃を行いました。
作業現場には、ヘドロ、残骸、ガラス片、生活用品と人力に頼らざるを得ない物が無数にあり、「すべてをゴミと思わないように」という指示の中、撤去作業を行いました。
津波で全壊の三陸郵便局(大船渡)
■津波で全壊の三陸郵便局(大船渡)
 1日の作業を終えて宿舎に戻った後は、毎夜多くの労組の方々と交流させてもらい、また、 被災された組合員の体験談を聞く機会もありましたが、内容は正直ショッキングでした。
 最終日、連合岩手のスタッフさんが「東北の事、忘れないで下さい」とおっしゃっていました。
 決してボランティアで行かれずとも「東北への観光ついでに被災地を見てみる」関心がある方がいればおすすめしたいと思いました。




「百聞は一見にしかず」

JP労組信越地本 執行委員 三村 寿宏

 今回信越から派遣された3人は、地本として初めて大東ベースキャンプから陸前高田・大船渡地域への派遣でした。
津波で壊れた廃車置き場(陸前高田)
■津波で壊れた廃車置き場(陸前高田)
 今まで宮城方面へ派遣された方からお聞きしていた被災地の様子とは全く違い、両地域の被災状況は「絶句」してしまうものでした。
 建物基礎とお店の駐車場の区画ペイントしか残っていない市街地、津波の引き波で海の方向に曲がった太い標識看板の支柱やフェンス、津波で陸に上がったそのままの中型漁船、津波で使用できなくなった何百台も並べられた車(その中に配達用の赤いバイクもあり)、山のように高く積まれた瓦礫と目に飛び込んでくる物は想像を絶するものばかりで、その光景をベースキャンプから作業現場へ向かうバスの窓越しに見た約40人の連合の仲間は、誰一人として言葉を発する人はいませんでした。
奇跡の一本松(陸前高田)
■奇跡の一本松(陸前高田)
 5日間の作業は側溝の泥だしが4日、1日は鮭の遡上する川の瓦礫拾いで日頃経験したことのない作業でしたが、自己完結で自分がやれることを精一杯やってきました。
 いま被災から六ヶ月が経過し、現地ではまだまだ復興が進んでいるとは言えない状況でした。
 今後も息の長い、「心ひとつに」を合い言葉に、一人でも多くのJP労組の仲間が現地へ赴き、支援を続けていかなければならないことを実感しましたし、自分自身も何回でもお手伝いに行きたいと考えています。
 
 

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