東日本大震災連合救援ボランティアとして、JP労組信越地方本部から第10陣派遣団(2011.6.11〜6.19)として宮城県仙台ベースキャンプへ、長野支部米山光雄・新潟支部 石塚岳彦・山本玲一の3名が参加。
また、第14陣派遣団(2011.7.10〜7.16)として宮城県仙台ベースキャンプへ、地本 内山恵一・高田支部 柴山哲也・西蒲原支部 稲垣光国の3名が参加しました。
絆 心ひとつに
長野支部 米山 光雄
誰もが、いま何ができるかと自問自答した大震災。すぐに連合救援ボランティア派遣が動き出しました。政府からの要請という背景もあったと思いますが、連合の持つ役割の大きさを実感。
すぐに参加を希望し、どうしても実際の姿をこの目で見てみたいと、4月上旬に一度被災地を訪れました。その時の衝撃は大きく、見渡す限り破壊されつくした姿に声も出ず、その場にいてはいけない感覚に襲われました。そして、生きていくということの大変さを思い知らされました。
同じ分会から何人かが参加を希望していた中で、運よく6月11日からの第10次派遣団に加わることができました。年齢のことを考えると、派遣を決める側にも不安があったと思いますが、自分自身にも多少不安があったのも事実です。迷惑だけはかけたくないと思いつつも、やっぱりまわりに心配かける歳になっていたんだな、と実感したところです。
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■第14陣派遣団:JP労組の9名(信越・北陸・東海)
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今回、JP労組からの参加者は9人。信越からは3人。それぞれが初顔合わせ。でも、最初の日から風呂、夕食交流会に一緒に出かけ、期間中ずっと一緒でした。中身の濃い、楽しい10日間となりました。仙台ベースキャンプでも、うまくまとまったJP労組は、派手さはないけれど、不思議と存在感がありました。JP労組の持っている力なんだろうと思います。やっぱり、「絆」?
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■第14陣派遣団:作業風景
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毎日の作業は、時間的には物足りないものではありましたが、絶対に疲労によるけがの発生を避けるなど、これまでのボランティア活動の反省がいろんな面で生かされていることも知りました。
支えあって前に向かって歩いて行くしかない、というのが、このボランティア活動に参加して一番感じたことです。そして、参加者全員の共通の思いは「復興までの道のりは大変なものになるだろうけど、がんばってほしい。また、1年、2年たったら訪れます。」
こんな機会にめぐまれたことに感謝しつつ、多くの人にこの組合の素晴らしさを実感してほしいと思います。連合ボランティアは枠が決められていて、参加できる人も限られていると思います。そうならば、JP労組として、地本ごとに3日間くらいの短いボランティアツアーを計画できればと思います。実際に現地に行って、一緒に汗を流すことの意味は大きいと思います。
多くの経験をさせていただいたボランティア派遣にあらためて感謝し、残る1年半あまりの時間を、職場の絆を強めるために使っていきたいと思います。
ありがとうございました。
第14陣救援ボランティア
信越地本 内山 恵一
第14陣は、JP労組から信越・北陸・東海の地方から9名が参加、仙台入りしたその日に梅雨が明け、うだるような暑さの中での作業となりました。
作業場所は、宮城野区岡田で、作業内容はひたすら側溝にたまった泥のかき出し、初日は慣れない作業に戸惑い、暑さと汚泥独特の臭いに悪戦苦闘しましたが、日を追うごとに作業に磨きがかかり、日程後半は、玄人はだしの職人集団?となっていました。
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■津波で土台だけになった郵便局
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3日目・4日目は作業を早めに切り上げ被災地区の視察を行いました。七ヶ浜では家の土台しか残っていない風景を目の当たりにして、自然の猛威に言葉を失いました。
また、この視察で一番印象に残ったことは、仙台港にキリンビールの工場があるのですが、ここも津波による被害で製品がすべて流されました。その流された品物を略奪していく人たちが大勢いて、その様子に最初は腹立たしさをおぼえていたが、考え方を変えて、「私たちの代わりに掃除をしてくれている」と思うようになったら不思議とその光景がありがたく思えてきた。との話を聞き、発想の転換の重要性について学ばせてもらいました。
今回のボランティアでは、被災住民との交流(毎日差し入れをいただいた)や仲間同士力を合わせることの大切さ、絆の尊さを再確認できました。
最後に、つらい仕事が多いのですが、達成感は格別のものがあります。ユース世代の組合員に是非経験してもらいたいと思います。「若者よ立ち上がれ」